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もらうのではなくて、与えるから心が満たされる [人生論]

今日はちょっと、好き勝手書いていきます。


==============
成長することそれ自体の価値
==============


私は今まで、幸せって何だろうとか、
人生って何だとか、人間って何を求
めてんだとか、そんなことを結構考
えてきました。

友達、恋人、家族、お金、愛、名誉、
地位、精神性、社会貢献、色々と幸せ
の元になると考えられているものや、

人生の目的と考えられるものについて
など、考え尽くして来ました。

人生に意味はあるのか、とか考え
たりもしました。

たくさんの古典を紐解き、文学を研究
したり映画を観たり、人の話を聞いた
り、それらをヒントに考えたり、

色々しました。

ただ、結局行き着いたのは、真理
なんてものはないということ。

この現実世界、日々の日常こそが
真理であって真理を求めるのは日常
が満たされず、現実世界に絶望し、

逃げの手段として求めているだけ
なんじゃないかと今は思っています。

さらに成長すれば変わるのかも
しれないけれど、今の時点ではそう。

ちょっと話がズレましたかね。

で、そうやって色々と考えた結果、
今思うのは成長することそれ自体
が重要だっていうこと。

成長というと抽象的ですが、まあ、
ホントに抽象的な意味で使っています。

色んな部分で成長していきたいし、
成長することそれ自体に価値を
感じています。


=======
人生を楽しむ
=======


次に、人生を楽しむということ。

一見、何のためになるか分からない
ようなことも、楽しめるのであれば
やったりしています。

これは何のためか分かることは
楽しくないということを意味する
わけではありません。

単純にやりたいなと感じたことをやり、
好きなものは好きと言う。

自分に正直に。自分の感覚を大事にして。

なりたいと思ったものがあるのなら、
その実現のための障害は引き受け、
その障害を乗り越えることも楽しんでいく。

先ほどの「成長」と、ここは深い関係
があります。

そうやって、毎日楽しむ。人生を楽しむ。

人生を謳歌する。

好き勝手に生きる。


============
ただ己のためだけでなく
============


人間というのは誰かのためを思えるのか。

これは、私の中で相当に深いテーマの
一つでした。本当に悩みに悩んだテーマです。

私は昔から「誰かのためになりたい」
と思ってきた方です。

しかし、それは単なる偽善なんじゃないか。

本当はそんなこと思っていないんじゃないか。

ただの綺麗言ではないか。

俺はただの醜い利己主義人間なんじゃないか。

自己欺瞞を続けていただけではないか。

そんな思いが、あるときから自分を
苦しめ始めました。

きっかけは、他人の言葉だったと思います。

そこから本当に苦しみながら考え続けました。

でも、あるとき分かりました。

自分のためと他人のためを分けて考える
必要はない、ということに。

私はこれを自分で勝手に、

「ギブ&テイクを越える」

と言っています。

ギブ&テイクという概念で考えている
からおかしくなるんだ、と。

その概念の中で考えているからダメなんだ、と。

ギブ&テイクというのは、ギブとテイク
を別物だと考える概念です。

二項対立的です。

世の中ではよく、「先に与えなさい」
「ギブをしなさい」と言われます。

(「何がギブか」「何が誰かのため
なのか」ここも大きなテーマですが、
書き始めるとダラダラ長くなるので
今回はスルーします。)

しかし、その裏には必ず「テイクを
期待する自分」がいるのです。

ギブしなさいと言われてギブしている
ような人は、テイクを期待したギブ
しかできないわけで。

見返りを求めずにギブをしなさい
というけれど、見返りを求めずに
ギブをする理由は、テイクのため
なのだから、

そうやって「見返りを求めずギブ
しなさい!」という教え自体、

ある意味破綻しているとも考え
られるのかな、と。考え過ぎかな。

しかし、私はあるとき、気づきました。

ギブとテイクは別物ではなく、同じ
ものなんだと。

そう、思い至りました。

つまり、ギブをすることがそのまま
テイクである。

見返りどうこうではなく、人はギブ
することで同時にテイクしている。

ギブとテイクは同じものである。

そう、思いました。ギブとテイクは
別のものとして考える必要はない。

だからこそ、ギブすることそれ自体で
満足することができる。

これこそが本当の意味で見返りを
求めないということなのではないかな、
と今は思います。

だから、人は誰かのためを思うことは
できる。

誰かのためを思うことは、同時に
自分のためでもある。

そして、それでいい。

逆に、自分のためにやっていることが
誰かのためになっていることもある。

そう思い至りました。

という感じで、今日紹介した「大事に
していること」は三つ。


・成長することそれ自体の価値

・人生を楽しむ

・ただ己のためだけでなく


でした。

最後までお読みいただきありがとう
ございます。


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一生欲求不満な人生なら・・・・・ [人生論]




自分も他人を動かせなければ、

『一生欲求不満状態』

に陥ってしまいます。

自分も他人も、何も動かせないので
自分の存在意義を感じることができ
ないからです。

そこで悪い方向に行けば、ルサンチマン、

つまりは『恨み・妬み』という最悪
の方向に人生の舵を切ってしまう人
もいます。

悪の手段によって、自分の存在を
認めさせようとするのです。

これは、犯罪者と何ら変わらない
精神構造です。

ルサンチマンは、自分の人生を生き
ていないという意味で最悪の生き方
になりますので、

そうなってはいけません。

まあ、ならないと思います。


気づいたことは、多くの人がかなり
もったいない状態にある、ということ。

そこを突き抜けることで
静かなパワーが生まれる。


多くの人はもったいない生き方を
してしまっています。

もっと人生を謳歌できるのに。

で、それには早く気づいた方がいい。

だって、時間は返ってこないから。

若い時間も返ってこないし、後悔
しても何も変わらない。

二度と戻らない時間という一番
大切なものを苦しんで使う必要
はありません。

チャンスを逃し、出会いを逃し、
恋する機会も逃し、時間を逃す。

逃し続ける人生。

結果、いつまでも欲求不満で、
思うような人生になっていない
と感じる。

そんな風になる必要はないのです。


人は変われます。

必ず変われる。良くなれる。

それは、絶対なんですよね。


自分の本質に気づき、自分に戻っ
ていけるから、変われるわけです。


やはり
これはもっと多くの人に受けてもら
いたいと感じたので、

今後も、そういった「人が変わるきっかけ」を与えていきたいなと思う次第です。
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今悩んでいる人に読んでほしいです [人生論]

私の人生は順風満帆なものではありません。

本当に色々な壁にぶつかり、前に
進むのをあきらめたくなったとき
もあります。

前に進めば進むほど、障害も大きく
なるものです。

私の場合は「内面的な壁」を抱える
ことが多くありました。

この「内面的な壁」は、人からは
あまり気づかれることがありません。

自信がないとか、愛されていないの
かなという疑念とか、人の目を気に
してしまって苦しんでいることとか。

そういったことは、分かる人には
分かるかもしれませんが、深く悩んで
いるということは気づかれないものです。

だから、一見順風満帆に上手くいって
いるように見える。

ただ、これが逆につらいことだったり
します。

誰にも分かってもらえない、という
感情を抱くからです。


その中で多いのは、誰にも自分の
悩みや苦しさを打ち明けることが
できないで一人で苦しんでいる人です。

こういった方の気持ちは、痛いほど
に分かります。

私自身も、人に相談したり頼ったり
することが苦手で、

もっと言えば「相談している弱い自分」
のことが許せませんでした。

「あなたに何が分かるんですか」とい
う攻撃的な気持ちもあったかもしれ
ません。

だから、一人で抱え込んでいたのです。

受験勉強にしろ、進路にしろ、人間
関係にしろ、この世の中には上手く
いかないことも多くあります。

全てを自分の思う通りに動かすこと
ができるわけではありません。

世界は自分を中心として回っている
わけではないからです。

世の中は不平等なものだし、
理不尽なことも起こります。

偶然が重なって、運がなくて。

そんなことが、今日もこの世界の
どこかで起こっています。

多くの栄光がある一方で、その何倍
もの挫折があります。

そして人は、挫折する側の人間に
自分がなるとは思っていません。

私は小・中・高のときにいじめられま
したが、まさか自分がいじめられ
るとは思いもしませんでした。

大学入試も失敗
しました。

しかし、大事なことは、挫折した
ときにどうするか、です。

そのときの姿勢が問われるし、
姿勢次第ではその挫折こそが
自分だけの武器になっていきます。

挫折が恵みに変わります。

私たちはよく、「人生とは何か?」
と人生に問いかけますが、

本当は人生の方から私たちに
問いかけられているのかもし
れません。

「お前はここで、どうするのか?
どう生きるのか?」と。

与えられた経験、与えられた挫折。

それをどう受け止め、どう生かして
いくか。

私がやってきたことと言えば、
挫折から学び、必死になって
乗り越えようとしてきたことだけ
だと思っています。

もしその挫折と向き合わずにいれば
今の私はありません。

いじめがあったから、不合格があった
から、今の私がいるのです。

であるならば、今起こる全ての出来事
がこれからの私を作っていくという
ことになります。

だからこそ、

「あの出来事のおかげで」と言える
ような生き方をすることが大事なの
だと思います。


あなたが今、どういう状況か。

それは私には分かりません。

あなたの気持ちを心の底から理解
することもできないと思います。

育った環境、感じ方、経験、全て
が違うからです。

ただ知っておいて欲しいのは、
私のような人間もいるということ。

私も悩みながら苦しみながら進んで
きたということ。


赤裸裸に自分のこと
を話させていただきました。




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周りの目を気にするな! [人生論]

多くの人が今、「エネルギー不足」です。

これは、心のエネルギーの話。

やる気が出ないとか、情熱を持てない
とか、生きがいがないとか、人を好き
になれないとか(最近多い)、

そういう話がヒジョーに多いです。

で、それはなぜなのかというと、
鎖で繋がられている状態だから。

心がね。

心が、いろんな鎖、しがらみで
がんじがらめなんです。だから、
元気が出ない。

僕は今、エネルギー全開なので、

毎日毎日非常に楽しいです。

でも、昔はそうじゃなかった。

いつも暗くて、元気が出ないときも
あったのです。

どうしてもエネルギーが出ず、心に
エンジンがかかっていない状態。

あのときは、ホントに苦しかった。

何やっても面白くないし、目標は
一応あるのだけど、本気になれない。

あの状態になると、どんなノウハウも
意味なしです。

そういう心に
喝を入れて、気合いを入れ直しても
らいます。

心にエンジンをかけ、アクセル全開
で人生を生きてもらう

で、一つ心のアクセルを全開にする
方法をお伝えすると、

好きなものを好きと言え!!!!!

ってこと。

多くの人は、周りの目を気にしたり
どう思われるかばかり気にして、

自分が好きなことすら好きと言えない。

さらに言えば、自分の好きが分からない。

無難なことばかり好きになろうと
して、本当に自分が好きなことが
分かっていない。

好きっていうのは本当に最強のエネルギー。

好きなもののためなら、人間本気になれます。

その好きを大事にして、好きを仕事に
できる道を考えたり、

好きな人を幸せにしている自分の姿を
想像してみる。

好きなこと、好きな人のためなら
本気になれるのでは??

好きという感情が強い人ほど、アクセル
を全開にできます。

人に理解されなくてもいい。

自分の好きを大事にすること。

好きなことを素直に好きと思えること。

それが、エネルギーになります。
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最近は勉強環境の充実ぶりが半端ない! [人生論]

最近は勉強環境がものすごく充実しています。

ネットの発達が大きいわけですが、勉強法
だってそこら中にあるし、今はネットで
授業が受けられますね。しかも格安で。

スマホで。

受験サプリなんかが有名ですが、あーいうの
があると、予備校の意義っていうのが本当に
なくなってきているというか、今後どうなる
のかというのは面白い部分であって、

受験生側からすると、かなり受験スタイルに
自由度が増していますね。

例えば、予備校は高くていけないから、参考書
学習をするしかないと。

でも、今は受験サプリなんかがあるわけだから
どうしても自分では理解できない部分は格安で
授業を利用しちゃえばいい。

いらない人はいらないのだから利用する必要
はない。自分に合わせてそれは決めればいい。

で、例えば近所の図書館を自習室代わりに
使うと。

毎日通っていたら、同じ毎日通っている子を
見つける。これは、友達になれるかもしれない。
ドキドキ。

で、接近する。話しかける。
意気投合。それから一緒に勉強するように。

なあんてことも、これからは増えてくるの
かもしれません。

それに、参考書もめちゃくちゃ充実しているわけで、
勉強環境については、誰にもチャンスが
あるというか、誰でも余裕で成績を上げる
ことができる状況というのがあるわけですね。

しかし。

成績の向上というのは環境だけで決まるわけ
ではありません。

というか、環境に依存しちゃうと上がらない。

良い参考書を使っているとか、先生が良いとか、
そういう自分の外側のモノだけで成績が上がる
わけじゃなくて、

当たり前ですが「自分」次第なわけですね。
外に原因を求めすぎると痛い目に合うし、

「被害者意識」が芽生えます。

環境のせい、自分以外の外側のせいにする
わけです。「ぼくは悪くない!!」と。


環境は素晴らしくなったからって、自分の
在り方がお粗末だったら上手くいかない。

被害者意識では上手くいかないし、自分
の頭で考えることを放棄しても上手く
いかない。

「これをやっておけばいい!」みたいな
ものに騙されて、自分で考えることを
放棄したら、『自分に必要な事』が分からない。

結果、絶対に勉強が「ズレて」いくんです。

自分に必要なことからズレていく。ここを
修正しない人が、いつまでたっても成績が
上がらない人。

いつ「ズレ」に気づくのか。

この記事を読んでいるということは、
「今気づけ」ってことですね。

安心してください。成績は上がります。

自分に必要なことを、必要な基準でやれば
いいだけ。

何も難しいことではないんです。

難しいことが存在するのではなく、
難しいと認識する人が存在するだけ。

勉強ができるようになるとか、普通に
余裕でできるので、心配することなく
勉強していってくださいね。

これから、必要な情報もどんどんお届け
していきます。

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人生を変えたい!自分を変えたい!人へ [人生論]

Twitterでこんなつぶやきがありました。


「いつまでも上手くいかない人は、

ネガティブなことがあるとすぐ
やることを変える。

ネガティブな情報があるとすぐ
意見を変える。

いつだって外のものに左右され続ける。

自分がない。信念がない。

信じたものを貫く姿勢もない。

でも成功したいからなんやかんやする。

けど、上手くいかない。

もう自分を取り戻し、自分を
創っていくしかない。」


昔、僕自身もそうでした。

上手くいかない人はいつでも
コロコロしてしまっています。

行動を変え、信じるものを変え、
いつでもコロコロしてしまう。

「周囲の情報」や「周囲の価値観」
によっていつでも自分が揺さぶら
れ続けてしまっているわけです。

誰かが「わあ!あぶない!」と
言ったらそれを盲目的に信じる。

さっきまで「これはいい!!」と
叫んでいたのに、他人の意見に流される。

顔も見えない、名前も知らない、
ホントのこと言っているか分か
らない人の勝手な意見に流される。

自分の信念がない。

「バカ言ってんじゃないよ。

おれはこれがいいんだよ。

分かってねーな!」

となかなか言えない。思えない。

自分の感覚を信じられない。

誰かが保証してくれなければ
信じられない。

保証のあることしかできない。

自分の思いよりも保証優先。

誰かの価値観によって認められ
た『安全な』ことしかできない。

大してリスクでもないことを
大袈裟にリスクと捉え、行動
することなくいつも通りを選んで
しまう。

それでいて、

「人生を変えたい!自分を変えたい!」

と言う。そう思う。

そんな状態に陥ってしまっている
人が多いのが現状です。

そのままでは、なかなか現実は
変わらず、同じところを行ったり
来たり。

グルグルと回り続ける人生。

しかし、人はその状況から抜け出す
ことができます。

その方法とは、

「自分を拠り所にして生きる」ことです。

いい加減、自分を持つということ。

それができるようになればスッキリ
するし、判断を迷うこともなくなり、

自分に自信を持てるようにもなります。

一回、「私はこれがいいんです。
分かってないですね!」と、誰か
に言っている自分を想像してください。

自信が湧いてきませんか?

誰かが、自分が信じていることに
対して、

「それは良くないよ!」と言った。

顔も知らなければ、名前すら
知らない関係ない誰かが言った。

その人に、

「何にもわかってないですね!
こういうところがいいんですよ!
この良さを教えてあげましょうか?」

と言っている自分を想像してみ
てください。

自信が湧いてきませんか?

逆のパターンだとどうでしょう。

「そうですよねえ…やっぱりダメ
ですかねえ…やめた方がいいです
かねえ…」

自信なくなりません?

さて、あなたは普段からどちらの
意識で生きていますか、ってこと
なんです。

自分の感覚で生きているのか、って
ことなんです。

人生を上手く生かせようと思ったら、
自分の感覚で生きるしかありません。

だって答えは自分の中にしかない
んだから。

やりたいことなんて、自分にしか
分からないんです。

いつだって周りのことを気にして、
周りに気に入られることばかり
考えて。

自分が良い!と思ったのに、誰か
が悪い!と言ったら、すぐに意見
を変えて。

それだと、どれだけ学んでも人生
は変わらないし、満足することも
ありません。

何かを達成しても虚しさばかりが
つのる日々。

だって自分の人生を生きていない
んだから。

本当は「やりてー!!!!」と
思うことに全力でぶつかっていけ
ば上手くいくんです。

本気になれるから。情熱が湧くから。

でも、どっかで他人の人生を生きて
いるからそれができない。

ブレーキかかりっぱなし。

遠慮しっぱなし。

ドカンとぶつかっていけない。

熱く生きれない。

そういう状態で小手先のなんやかんや
を学んだって、上手くいきません。

自分を取り戻すことからスタートする。

自分とは何か?ではなく、

「自分はどうありたいか?」

このパラダイムシフトを起こすことです。

人生とは何か?ではなく、

人生をどう生きたいのか?

「~とは何か?」というのは、予め
決まった答えを探す姿勢です。

そして、観念の世界に人間を閉じ
込める質問でもあります。

僕らは、生きなきゃいけない。

この現実世界を。

決まった答えなんてない。

最初から存在するものではない。

そんなものは必要ない。

自分を探したって、今いるちっぽけ
な自分こそが本当の自分。

それ以外にはない。

そっから始めるしかない。

それが認められないから、美化された
幻想を探し回っているだけ。

いつだって僕らは、ちっちゃい自分
で、ちっちゃい一歩を踏み出していく
しかないんだ。

人生に普遍の目的なんてない。

自分はどう生きたいのか。どうあり
たいのか。

好き勝手に生きられるか。

それが、全て。


あなたがこれまでの自分を変える、
大きな一歩になるはずです。
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不安を抱えてる人へ [人生論]

受験生の多くが抱えている悩み・・・・・

その多くが、不安で勉強が手につ
かないとか、考えすぎて前に進め
ない、というもの。

で、人間というのは基本的に、
頭でごちゃごちゃ考えると
「守り」に入るようになって
います。

天才的な言い訳を見事に思いつき、
自分や他人を言いくるめてしまい
ます。



頭で考えれば考えるほどビビって
しまって、

どんどん不安になってしまうのです。

ただ、分かっておいて欲しいことは、

人間はどんな状況だったとしても
不安要因を見つけ出すことができる、
ということです。

誰だって、そうです。

あの上手くいっているように見える
人だって、いくらでも不安になるこ
とができます。

未来のことは誰にも分からず、
分からないがゆえにいくらでも
ネガティブに考えることができる
からです。

受験当日のことなんて、受験当日
になってみなければ分かりません。

そして、どうせ受験当日は来ます。

不安だろうが何だろうが、どうせ
来ます。

来たら来たで、問題を解けばいいのです。

やればいいんでしょ!解けば
いいんでしょ!

と思って、とにかく解けばいい。

とにかくやればいいんです。

しかし、なかなか行動できなかった
り、不安になったりする人は、

まず考えることが先に来ます。

しかし、先ほども言ったとおり、
考えれば考えるほど、私たちは
不安になり、守りに入ってしまうのです。

守りに入るとどうなるかというと、

周囲の世界が自分を脅かす存在に
思えてきて、そればかりが気になり、

ネガティブな情報を脳がキャッチ
するようになります。

物事のネガティブな側面がよく
見えるようになります。

こうなると、行動できずチャンスを
逃し、ニヒルな世界観で世界を見る
ようになります。

(何となくネガティブな物の見方を
したり、批判したがる人は、自分
を守っているのです)

極論、そうなると夢も持てません。

夢を持とうとしても、

「大変そうだなあ」「時間がかか
るなあ」「傷つくかもなあ」「失敗
するかもお」

というようなことに、先に目が向く
ようになります。

最高の結果よりも「労力」が先に
目に入ってしまって、何もかもが
億劫になってしまうのです。

守りに入ることで脳が物事のネガ
ティブな側面をキャッチするよう
になり、

どんどん何かをすることが億劫になる。

「お金がかかるなあ」「時間がとら
れるなあ」「失敗がなあ」「上手く
いかないかもなあ」

などといった風に、ポジティブな
側面ではなくネガティブな側面ばか
りが見えるようになってしまう。

本当はポジティブな側面も絶対に
あるのに、です。

そうなると、

かなりもったない生き方、退屈で
つまらない生き方と言わざるを
得ません。

だから、意図的に考えることを
やめ、まず行動してみること。

守るのではなく、攻める姿勢で
生きていくことが必要になります。

アクティブになるということです。

やればいいんでしょ!!

というくらいの気持ちでいく。

受験当日、問題解けばいいんでしょ!

勉強すれば、いいんでしょ!

くらいの気持ちで。

だって、それだけですし。

勉強していればいいんですよね。今って。

余計なことは考えずに。

それが一番、最高の結果につながる
時間の過ごし方だから。

ごちゃごちゃ考えている時間が
もったいないのです。

そんなことをしている暇があったら
一問でも多く解くことです。

それが自分の不安を減らすことに
もつながるはずです。
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小さいな一歩を愛そう! [人生論]

受験生の会話の中でこんな声をよく聞きます・・・・・




「自分は本当にダメな奴なんです…、
○○もできていないし、決めたこと
もできない。

難しい問題になるとすぐに諦めて
しまいます…こんなんじゃダメな
のは分かっているのに。

みんなは勉強しているのに自分は
ダメな奴です…」

ということをよく聞きます。

ホントに多いのですが、まず言い
たいのは、「ダメじゃないから!!!」
ってこと。

確かにできていないこともある
かもしれません。

というか、あるから悩んでいるん
でしょう。

でも、そうやって悩んでいると
いうことは、少なくとも前向きに
やろうという気持ちはあるわけ。

ホントにダメな奴は、自分のこと
をダメな奴とすら思ってないから!!(笑)

だから、自分はダメな奴だなと
感じている時点で本当の意味で
ダメなわけじゃない。

そうやって前向きにやろうとして
いる自分を、まずは愛してやれば
いいわけ。

で、人っていうのは根本的に何が
できようが、何ができまいが、
愛されるに足る存在。

まず、そうやって自分のことを
責めたりする思考をやめること。

だって、ダメな奴じゃないんだから。

責める必要なんかないんです。

で、自分にできる小さな一歩から
踏み出していけばいい。

ここ大事なのでよく読んで欲しい
のですが、人には、

『その人にとっての課題』があるんです。

人によって課題は違う。

例えば、今まで勉強する習慣のついて
きた人は、これからは勉強の質を高め
る段階に入ります。

でも、まだ勉強する習慣のついて
いない人は、まずは勉強する習慣
をつけるところから始めないといけません。

自分には自分
の課題があるんです。

勉強の習慣がついていない人から
すれば、1日2時間勉強するのも
すごく大変。

ものすごくハードルが高くて、キツい。

となると、2時間勉強するということ
はその人にとってはものすごい「快挙」
なんですよね。

で、それは褒めていいんです。自分を褒めていい。

僕だって、受験生でそういう子
がいたら「すげえな!よく頑張ったぞ!」
と思います。

2時間勉強できたことを褒めます。

だって、その子は今までそんなに
勉強してこなかったんだから。

成長じゃないですか。

素晴らしいことじゃないですか。

勉強できる子からすると、
「小さな一歩」かもしれません。

でも、その小さな一歩を愛せばいいんです。

その小さな一歩を踏み出すことが大事なんです。

人には人の課題があるんだから。

僕はいつも思います。

『小さな一歩を愛せ!!』と。

小さな一歩を愛するということは、
自分を愛するということです。

人と比べるのではなく、自分に
できることをやるということです。

そして、自分にできることをやった
自分を認めてあげるということです。

それができるから、少しずつ成長
していくことができるわけ。

自分を好きになることができるわけ。

人間には感情があります。

自分のことを嫌いになってしまったり
します。

でも、自分のことを嫌いだとパワー
が出ないんです。

論理的に正しい勉強法を教えるだけで
合格できるわけじゃありません。

自分のことを認め、自分を信じる心も
大事なわけです。

みんな、傷ついています。

自分はダメなんじゃないか。

合格できないんじゃないか。

怖いな。不安だな。

そーいうときに僕は、

『ダメじゃないから!自分を信じて
いいから!」と言います。


そうやって精神的な支えになることも
僕の役目だと思っているんですね。

愛のパワーで受験生を支えていくこと
が僕の役目だろうと思い、毎日毎日
ブログ書いてます。
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起爆剤となるような人との出会い [人生論]

例えば、大学に行く。就職をする。

そのこと自体が目的になることは
本来あり得ません。

大学も就職も、目的ではなく、目的を
達成するための手段なはず。

自分はこういう人間になりたい。

そのために大学で学ぶ。

自分はこういう価値を社会に提供したい。

そのために会社を選ぶ。

本来は、そういうものです。

しかし、何の目的もなく大学に入り、
何の目的もなく就職する人が後を
断ちません。

その結果、何が起こっているか。

燃え尽き。無気力。無関心。

生きるエネルギーの欠如が、社会的
に問題になっています。

若者だと、ニートとか。

社会に貢献していきたいとか、誰か
の役に立ちたいとか、そういう気持ち
を持てない。

自分のことにしか関心がない。

自分の半径数メートルのことに
しか関心が向かない。

他人に関心がない。社会に関心がない。

他人にも、社会にも関心がないなら
やりたいことなんてあるわけありません。

自分にしか関心がないから、いつも
自分がどう思われるか気にします。

自分の思いではなく、自分がどう
思われるか。そこにばかり目が向く。

結果、ハリボテ人間が生まれる。

中身は何もないのだけど、経歴だけ
はすごい、とか。(もしくは経歴もない)

一流大学卒。超有名企業。

でも、実態は毎日が退屈。もしくは
ストレスまみれ。みたいな。

一流大学が悪いわけでも、超有名企業
が悪いわけでもありません。

そこは勘違いすることなく文章を
読解して欲しいのですが、

悪いのは「思い」がないこと。

自分がどうなりたいのか。

何がしたいのか。

社会とどうやって関わっていきたい
のか。

社会がどうなって欲しいと思って
いるのか。

そんなことを、考えない。

関心がないから。そんなことには。

結果、興味が狭くなり、毎日が面白く
なくなっていく。

生きるエネルギーが生まれない。

夢も目標もない。

そういう人が、社会全体としては
増えてしまっています。

そういう人は、思いのある人と
会うしかない。

思いのある人のエネルギーを感じるしか
ない。

日常的に感じることで、関わりを
持つことで、影響されていく。

ずっと心の底に沈んでいたエネルギー
が重い腰を上げて出てくる。

起爆剤となるような人との出会いが
人生を変えていきます。

直接会えないまでも、普段から
そういう人の情報を得ることが
重要です。

影響を受け続けることで、自分に
本来あったエネルギーを取り戻す
ことができますから。

僕自身、記事を書くときは
かなりエネルギーを込めています。

書いた後は、相当疲労します。

しかし、記事を書くことで読んで
くれている誰かにエネルギーを与える
ことができれば嬉しいですし、

そう信じて、いつも書いています。

本来のエネルギーを取り戻し、勉強
に打ち込んでいきましょうね。
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危険な道を選べ! [人生論]

いきなりですが、問題です。


あなたは、この言葉が誰の言葉
か分かりますか?


日本人なら誰もが知っている
であろう、ある人が残した、
僕が大好きな言葉です。



「あれかこれかという場合に、
なぜ迷うのか。


こうやったら食えないかもしれない、
もう一方は誰でもが選ぶ、ちゃんと
食えることが保証された安全な道だ。


それなら迷うことはないはずだ。


もし食うことだけを考えるなら。


そうじゃないから迷うんだ。


危険だ、という道は必ず、自分の
行きたい道なのだ。本当はそっちに
進みたいんだ。


だったら、そっちに進むべきだ。


ぼくはいつも、あれかこれか
という場合、自分にとってマイナス
だな、危険だなと思う方を選ぶこと
にしている。


誰だって人間は弱いし、自分が大事
だから、逃げたがる。


頭で考えて、いい方を選ぼうなんて
思ってたら、何とかかんとか理屈を
つけて安全な方に行ってしまうもの
なのだ。


かまわないから、こっちに行ったら
駄目だ、と思う方に賭けることだ。」


僕にも、人生の大きな決断を
迫られたときがありました。


どちらに進むべきか悩んだとき
がありました。


そのときは本当に悩み苦しんだ
のですが、この方のこの言葉を
読み、危険な方を選ぶことに
しました。


今では、その選択をして本当に
良かったと思っています。


この方とは、岡本太郎さんです。


岡本太郎さんの言葉に励まされた
ことはたくさんあるのですが、


今回ご紹介した言葉、僕の指針
にもなっています。


日常の中でもそうです。


小さな小さな決断においても、
私たちは「いつもの道」を選び
がち。


変化しなくて良い方、安全な方、
誰もが通る道を進みたがります。


周りの人がやっていないことは
とことん避けて、「普通」で
いようとする。


おそらく、そんな生きる姿勢では
岡本太郎さんの前では何も話せない
と思います。


彼もその人を叱りもせず怒りもせず、
ただ無視をするだろうと思います。


完全にスルー。全く関心のない状態。


人に合わせるだけでは、「自分」の
魅力も生まれないのです。


今までの自分にはない何か。


今までの自分ではしなかったこと。


そこに勇気を持って飛び込んで
行き、さらに自分の幅を広げる
こと。


知らないこと、未知なことに
臆病になってしまう気持ちは
分かります。


僕だってそうです。


内心ハラハラドキドキしている
のです。


ビビっています。


でも、違うのは、ビビってもやる
ということ。


怖いからやらないのではなく、
怖くてもやるということです。


怖いという感情が起こらないわけ
でもありません。


怖くても絶対にやってやろうと覚悟
しているのです。


岡本太郎さんであっても、恐怖は
あったと言います。


どれほどの偉人でも、恐怖はあります。


新しいこと、挑戦することは怖いのです。


かなりビビります。


でも、違うのは、怖くてもやる、という
こと。


そこが、平凡と非凡を分ける部分
なのだろうと思っています。


あなたが今、決断を先送りしている
こと。


心は「やりたい」「欲しい」と思って
いるのに、頭でごちゃごちゃ考えて
決断せずにいることは何でしょうか?


その決断をすることは怖いこと
かもしれません。


しかし、怖いからするのです。


怖い決断にこそ、人生を変える
パワーがあります。


それは、変化するということ
だから。


進化するということだからです。


とにかく、一歩を踏み出して
ください。


その先に、進化した自分、成功
した人生が待っています。

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